昼休みが今やっと取れた、というわけではなく、お昼ごはんを食べに出かけたら昼休みの残りがなくなってしまったので、今ごろブログを書いています。mumuzuleです。

先日、起業6周年の話を書いたエントリ
受託中心で仕事をしている限り、クライアントに有意義なアドバイスはできない?⇒いいえ
と書きましたが、「言われた通りにやった」とか「要件定義にあったから」とか、ぶっちゃけ言いたくないだけなんです(笑)。言ってみたけど実現できなかったね、というならともかく。結果として、「ちょっと違いますよ」などと言った言葉の方が後で有意義に働くことがしばしばあります。

「本質を正直に話す」ことは、最後にはお互いに歩み寄れる位置が分かったり、すぐには対応できなくても長期的課題をお互いに確認することができるので、受託においても有効な仕事のしかたであることを、この数年で実感しています。

これを「請負仕事なんだから」という言い訳でやらないない人たちっていうのも多くて、何が違うのかな、とずっと思ってるんですが。
 自分が取り組むべき課題を見つけるためには、何より自らの「基本的情動」に敏感であることが求められます。基本的情動とは、好き嫌いや喜怒哀楽など、物事に対する最初の感情的反応のこと。なかでも特に重要なのは、何に「怒り」を感じるのかをきちんと見定めることです。
 その対象が、本気になって取り組める「自分の課題」となるでしょう。ただし、このときの「怒り」の主題は「自分が不当に扱われている」といった「自分のこと」ではなく、「他者が不当に扱われている」といった「他者のこと」であるべきです。この点は注意してください。
 またこのとき、「二次的情動」に振り回されてはいけません。二次的情動とは、基本的情動に対して二次的に反応する情動のこと。大人なのだから怒ってはいけないとか、そこで喜ぶのは恥ずかしいとか、そういった感情はすべて二次的情動です。二次的情動は、いわば群れのルールです。社会生活を送る上では必要ですが、本当に自分が関わるべき課題を決める際には邪魔になるだけです。つまり、常識や建前を横において、子どものように純粋に、何に怒りを感じるかで「自分の課題」を決めればよいのです。
ああ、分かりました。時折私「正義感だけじゃ仕事はできないんだぞ」と非難されることがあるんですが、「正義感」が本質的解決に当たっては、うまく働くことがあるからだー。

一方で正義感だけじゃ仕事にならないと指摘されることがあるのは、おそらく、正当性を「怒り」のままぶつけて説得力がなくなってしまっているからなのかもしれない。よく「怖い」って言われてるみたいだし。単に怖いだけじゃダメで、「あの人は怒ると怖いけど、いいこと言うんだよね」に持っていかないといけませんね。

というわけで、心穏やかに明日も過ごせるように、本日は引き上げさせていただきます。 お先に失礼いたします。