リリカル・ロジカル・ラジカル

伝えたいことが…あったりなかったり。 昼休みの30分で毎日書くブログ。

感想文

夫婦間で仕事の話ってする?しない?

何となくブログ再開してみようかな、って。mumuzuleです。
古い話で恐縮ですが、最近、緑の紙クラスタがしばしばアップするので、ひとつそのネタで。

エントリタイトルはAll Aboutの「お題」なんですが、お題に沿ったこのエントリがウケていたようです。こういうことすると離婚しやすくなるらしい。

(2/3) 離婚したい人にオススメの「3つの話題」 | All About News Dig(オールアバウト ニュースディグ)
■その1「どんな異性に会ってどんな話をしたかを事細かに報告する」
■その2「相手の身内についての率直な印象をストレートに話す」
■その3「仕事の内容や悩みを話したり聞き出そうとしたりする」
私どれもバリバリやってるわあ。って、だから離婚してるのか。納得。

で、ですね。個人的にはこれが大変不思議だったのです。
皆さん「仕事の内容や悩みを話したり聞き出そうとしたり」しないで婚姻を継続されてるんですか!

秘密保持契約にかかわるような話はもちろんしませんが、私から仕事の話を取ったら、Ingressの話か飲み屋の評価ぐらいしか話題が残らないんじゃないか。仕事と人格がかなりの部分で一体化してる薄っぺらくて昭和っぽい人間ですので、ほとんど黙ってるしかないです、家庭で。あ、もしかして婚姻を継続するにはむしろ黙ってた方がいい、ってことなのか? まあいつも黙ってゲーム(Kingのパズル系)してるけど。

……とここまで書いて、当該記事が男性向けに書かれたものであると気づきました。
今日はボージョレ・ヌーヴォ解禁日ですね。どこかで新酒を祝って帰りたいと思います。ごきげんよう。

またひとつ歳を取りました

こんにちは、mumuzuleです。
久々ですが、誕生日ぐらいはブログ更新しておかないと本当に何もやらなくなる気がしたので、エントリ投入してみています。

ふだん、いつ死んでもおかしくないとか言っているわりに、どうも友人からは「垢抜けた!」だとか「若返ってるんじゃないか」とか「青春を謳歌して」とかいった暖かいお言葉を賜っており、恐縮至極に存じます。

「もう歳だなあ」と思うことは多々ありますが、「もう歳だから」と躊躇することはないよう、ガツガツと生きていけたらと思っております。

今年こそは転石苔むさず(西洋の方の意味で)を成し遂げるべく、もう少し動きを軽くしたいのですが、私のようなものを呼んでいただけるお座敷も大切にしたいという思いもあり、なかなか難しいところで。本当は新しいこと始めたいんですけどね。

将来的には65歳ぐらいで出家して周りの人々を幸せにすべく瀬戸内寂聴師あたりを目指す所存でございます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

あの日からずっと何かが終わっていない

あの日は、自宅にいて仕事をしていた。
それほど揺れなかったけれど、長く揺れすぎてちょっとだけ怖かった。
お風呂に水が張ってあるのを確認した後、5合の米を炊いた。
マンションの管理人さんが「エレベータが動くまで帰れなくて困ってる」とこぼしていた。
テレビはなぜか途中で消した。
FacebookとTwitterに張り付いた。
しばらくは日本のニュースを英語に訳してFBに上げていた。
が、3週間ぐらいでやめた(原発事故について正確に伝えるソースが探せなくて疲れた)。

仕事はほとんどなくなったけれど、うつ状態が戻ってきて何をする気にもなれないので、ちょうどよかった。
うつ初期みたいに、また半年ぐらい、1日のほとんどを寝て過ごしていた。

夏に郡山のマイミクにみんなで会いに行ったときに直売所で食べたモモがおいしかった。

あの日からずっと何かが終わっていない。

その後、あの日よりずっと前に別れたきりの高校時代の友達とFBを通じて出会い直した。
それから、あの日には出会うことも想像していなかったような人たちと新しい出会いがあった。
減薬がうまくいった後は、うつ病はすっかりよくなった。

3年でとてもたくさんのことが変わった。
けれど、あの日からやっぱり何かが終わっていない。

手に入らないものがあると知る幸せ

世の中には、がんばって手に入れたほうがよいことと、がんばってもこじれるだけなので手放したほうがよいことがある、ってことでご無沙汰しておりますmumuzuleです。結局、毎日更新する気はあるのかないのかと問われると更新する気はあるけどやる気がないとしか言いようがないですな。あっはっは。

界隈で「うらやましいという気持ち」「嫉妬」についてのエントリがにぎやかなので、久々に参加してみたくなって更新しようかと。ちょうどよいところに、Amazon.com CEOのジェフ・ベゾスの講演の話も出回っておりまして。
祖父はとても賢い穏やかな人でした。祖父に叱られたことは過去に一度もありませんでした。これがその記念すべき最初になるんだ、いや待てよ、もしかしたら、車に戻っておばあちゃんに謝りなさい、と説かれるのかもしれない、なんて不安に思っていました。今までこんなことは一度もなかったので、一体これから何が起こるのか想像もつかなかったのです。

彼はトレイラーの横で立ち止まりました。私もそこで止まります。少しの沈黙の後、彼は私をしっかりと見て、やさしく穏やかにこう言いました、「ジェフ、いつかわかる日が来ると思うが、賢くなるよりもやさしくなるほうがはるかに難しいことなのだよ」

(中略)

賢さは生まれ持った才能ですが、やさしさは選択です。生まれ持った才能とは、言ってしまえば与えられたものなので努力を要しません。その反面、選択をするということ、これは難しいことなのです。気を付けなければ、才能は私達を傲慢にします。そして自分の才能にうぬぼれると正しい選択をすることが出来なくなります。

「才能と選択の違いを知ること」 Amazon創業者ジェフ・ベゾスが卒業式で語った、道の切り開き方 | ログミー[o_O]
負けない気持ちで「賢さ」を追いかけ続けることもしんどいことですが、実りがあるならそれもいい。
でも実りが誰の手にも落ちないか、実りの総量が減る場合に、負けたり折れたり流したり、手放す選択をすること、と、その選択を抱えてその後も生き続けること、は、もっと難しいことです。確かに。

ヨガのシャバアサナ(死体のポーズ)っていうのがありまして。仰向けにだらんと寝て瞑想するんですが、瞑想の始めに、インストラクターから声を掛けられるのは「心に浮かぶいろいろなことを否定もせず、肯定もせず、浮かべて、その後にふっと手放していってください」という言葉です。次々に湧く思いや考えを、浮かべては横たわった自分の体から風船のひもを離すように切り離していく。それやんないと、死体になれない。

これねえ、私がまだまだうつ病だったころの方が、実はカンタンでした。すぐに死体になれた。どんなことでも手放しに手放してました。いつ死んでもいいと本気で思ってて、ほとんど死んでたからだろうな、いろんな意味で。でも離すと何かから放たれるので、気分は軽くなっており、ポーズの後では「死ぬのはいつでもいいか」ってなるから面白い。
最近はこの瞑想が難しくて、なかなか煩悩から開放されないので、その後の涅槃のポーズから起き上がるところへ移行するのに時間がかかって、朝起きられないんですよねえ。まあ、遅刻の言い訳ですけど。

話が逸れた。手に入らないものがあると知っていることは幸せです、という話でした。
そういう心の機微を持つことの豊かさは感じていて大切にしていたのですが、ジェフ・ベゾスの話を読んで言語化できたというか「分かった」 と納得したのは、手に入らないものがあると知りながら、あがいたり持っている人を邪魔したり文句を言ったりしないことの方が困難でチャレンジングでエキサイティングだからなんだなあ、ってことでした。

えーと、だからって努力すれば手に入るものまであきらめちゃだめなんですよ、と明日ブログを更新するはずの自分に発破をかけて、本日の締めとさせていただきたいと思います。ご静聴ありがとうございました。 

「毒」のある仕事

ファンがつく美容師さんとそうでない美容師さんとの違いは「技術と会話と毒」なんですってよ、奥さん。
毒とは、"お客さんにダメをだせること"です。ここにファンのできる美容師の本質があるんです。たとえば、お客さんが、嬉しそうに、"こんなパーマをあてたいわー"、と雑誌の切り抜きをもってきたとします。僕らは、お客さんの髪質を見て、つぎに、雑誌の切り抜きをみて、瞬時に、パーマをあてるとどうなるか、3次元で浮かんできます。

"切り抜きと同じようにできる場合"はいいのです。でも、"それ、ちょっと無理でしょ、お客さん"という場合にどうするか。

その場合には、きっぱり、"お客さんの場合、そうなりませんよ"と、はっきり言ってあげなくてはなりません。
(中略)

しかし、"NO"と言うのは勇気がいるんです。理屈と理由をきちんと説明できなくてはならない。お客さんに理解してもらえなければ、"あんたの腕が下手くそだから、できない"と思われかねないですし、あまりお客さんをがっかりさせたくもない。

で、"NO"が言えない、としますね。そのままパーマをあててしまった。でも、パーマをあててみても、やっぱりそうならないことは明らかなのです。で、やっぱり、"かわいいくるくる"にはならなかった。お客さんには当然不満は残る。
これね、制作、プロモーション・マーケティング提案でも、そして何の仕事でも同じかもしれません。
「私の」髪や「私の」服や「私の」体形や「私の」ビジネスではない、「誰かの」ものやことを扱う仕事すべてに言えるんじゃないだろうか。

相手を理解すること、いちばんいい落としどころを見つけて、きちんと説明して「がっかり」の総量を最小にするのが、接客に限らずサービス業なんだと思うのです。

別に「言われた通りにやりましたからお金ください」っていう仕事のしかたでも儲かるのかもしれませんが、がっかりさせたくないな、と思うと、他人事としてではなくて「プロの目を持った当事者」として「毒」を持って仕事しなければならない、というよりはすることになっちゃうんですよね。私がプロの目を持てているかどうかはさておき。

でね。
それは「毒」じゃなくて「愛」なんじゃないのかい、ベイベー。
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